BLOG

【概要】太原の南西に位置し、鉄道を利用し最短30分程度で辿り着く。明代の城壁がほぼ完全な形で残っている中国唯一の街であり、世界文化遺産に登録されている。城壁内には100年以上も昔の伝統的建築が残っており、現在でも人々が普通に暮らしている(文化遺産の街の中でオートバイを乗り回している)。古城内は観光カートに乗って移動する。主要ポイントを周って約2時間程度である。


平遥古城

明代から清代にかけての中国の典型的な城郭、街路の配置、商店や住居などの古建築の保存状態はよく、中国でも最も整っているもののひとつである。また、古城内に学校、工場、病院なども備わっており現代においても旧市街だけで都市機能を有している珍しい都市となっている。



周辺地図


【概要】山西省中部に位置する省都。古都であり、2500年の歴史を有する。また、石炭の発掘量が中国でもトップクラスであり、石炭をエネルギー源とした工業も盛んである。住民の中には石炭を売って生計を立てている者もおり、石炭と住民の生活は密接な関係にある。一方石炭の使用は大気汚染の原因となっており、北京や周辺の都市まで影響は及んでいる。名所は石炭博物館でガイドが石炭の成り立ちから発掘方法まで教えてくれる。


石炭博物館

中国石炭博物館は中国唯一の国家級石炭業界の博物館であり、全国石炭業界の歴史文物、標本、文献、資料を見学することができる。


市街地風景



周辺地図


【概要】河北省の省都。北京からは高速鉄道で1時間20分。市内には地下鉄はなく、市バス及びオートバイでの移動が中心。河北省には多くの製鉄会社が存在し、空気汚染は中国全土で最低クラス。歴史は古く2~3000年前の文物が出土しているが、主要な歴史遺産は郊外に点在している。


市街地風景


周辺地図


【概要】北京市や上海市、重慶市とともに中央政府の直轄市である天津市は、華北地方最大の貿易港を持ち、北京の玄関口として知られる港湾都市だ。高速鉄道を利用すれば北京-天津間は30分程度で移動可能。租界地時代の名残を残し、西欧風情の街並みを楽しむことができるが、歴史遺産などの観光資源はそれほど多くない。天津市中心を流れる川からの夜景が綺麗。


天津之眼(観覧車)

天津市河北区の永楽橋の上に建てられ、河にまたがる観覧車としては世界初。直径110m、最高地点は120mでおよそ35階建てに相当する高さ。


五大道(天津租界)

1860年から1947年まで、イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、イタリア、ロシア、日本などの国が不平等条約や協定を通じて中国の天津旧市街の南東部に行政自治権と治外法権を設定した租借地。



古文化街

天津十景の一つである天津古文化街は、天津市南開区北東の東門辺り、海河の西岸に位置し、元代の遺跡「天跡宮」を中心に長さ687m、古くから海の神を祭る場所と船乗りたちの集る場として存在する歩行者天国。


イタリア風情区・陶磁器の家


市街地風景


周辺地図


【概要】中華人民共和国の首都であり、政治の中心地であるとともに、世界遺産などの観光資源も豊富である。地下鉄・市バスなどの公共交通網が発達しているが、2,000万人の人口は既に容量オーバーである。中国人には自家用車で通勤するものも多く、朝晩の通勤ラッシュ時道路はどこまでも 渋滞が続く状況になる。空気汚染が深刻。風向きや季節も影響するが、特に酷い日は外出もままならない。


万里の長城

ユネスコの世界文化遺産に登録されており、2007年には新・世界七不思議にも選ばれた。中国には他にも長く連なった城壁、いわゆる長城は存在するが、万里の長城が規模的にも歴史的にも圧倒的に巨大なため、単に長城と言えば万里の長城のことを指す。現存する人工壁の延長は6,259.6km。


天安門広場,故宮

明清朝の旧王宮である歴史的建造物。「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」の一つとしてユネスコの世界文化遺産となっている。面積は 725,000m2 ある。故宮とは「古い宮殿、昔の宮殿」という意味で、現在は博物館(故宮博物院)になっている。天安門広場は、故宮天安門に隣接する広場。


頤和園



その他観光名所


周辺地図


【概要】青海省の省都であり、西側に中国最大の塩湖青海湖を擁する。シルクロードの「南ルート」の要衝として栄えた。西寧とチベットラサを結ぶチベット鉄道が開業して以降、市街地が2,300メートルにあることから、チベットに入る前の高地順応地として注目されている。西寧市街地から青海湖までは、車で1時間30分程度。市街地からは観光ツアーが数多く組 まれている。


青海湖

中国最大の湖であり、世界でもアメリカのグレートソルト湖に次いで2番目に大きな内陸塩湖である。チベット高原北東部に位置し、面積5,694平方キロ、周囲360キロ。海抜3,205メートルの高地にあり、周囲から大小23の河川が流入する。琵琶湖の6倍の面積を有する。


チベット高原



市街地風景



周辺地図


【概要】甘粛省の省都で、市街地の中心を黄河が流れている。古来よりシルクロードの要塞として栄えた。蘭州自体に観光資源は多くないが、蘭州を出発点として北西に伸びるシルクロードコースには多くの歴史遺産が残されている。市街地に地下鉄はなく、道路もあまり整備されておらず、自動車の運転マナーもひどく交通状況は発展途上である。 黄河周辺が数少ない蘭州の観光地点であり、蘭州牛肉面などのお店が賑わっている。


黄河風景区

市域は海抜 1,600mにあり、市内を黄河が東西に流れる。市街地は黄河に沿って20kmに渡って細長く延び、黄河には12の橋がかけられている。



市街地風景



周辺地図


【概要】寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく)の省府。東郊外には黄河が流れ、北側には万里の長 城が伸びている。12世紀頃は西夏王国の首都であった。回族の自治区であり、経済はあまり発展していないが、郊外に歴史遺産や自然遺産が数多く 存在する。交通はやや不便。郊外の観光地を周るのであれば、タクシーチャーターが効率的。


砂湖

市内から北西へ55キロ程度離れた場所にある砂漠の真ん中の湖。日本ではあまり知られていないが、銀川市の有名な観光スポットで、ラクダにも乗ることができる。


鎮北堡西部影城

銀川市北西部に位置する映画村。以前はここで実際に映画を撮影していたが、現在は観光スポットとして解放されている。


 賀蘭山岩画

銀川市から55キロの所にある賀蘭山壁画風景区には多くの岩や崖に書かれた壁画があり、南北200キロにわたり広がる賀蘭山の山腹には、およそ20か所の壁画が残っている。



 西夏王陵

東方のピラミッドと呼ばれている西夏王陵。寧夏回族自治区と言えば謎の王国と呼ばれた西夏があった場所で、西夏はタングートの首長が1038年に建国した王朝でモンゴル帝国のチンギス・カンによって滅ぼされた1227年まで続いた。西夏の墓陵が西夏王陵。


市街地風景



周辺地図


【概要】陝西省の省都であり、かつて長安と呼ばれていた古都。紀元前11世紀から紀元後10世紀ま での約2000年間、秦・漢・隋・唐など中国歴代王朝の都として繁栄してきた。シルクロードの起点としても有名で、絹やお茶、陶磁器などが中国から中央アジア、ヨーロッパ へ運ばれた。 現在は巨大な工業地帯として発展しており、外国人も多い。世界遺産である秦兵馬俑など 歴史遺産も多く観光客に人気の都市である。


 秦兵馬俑博物館

「20世紀最大の発見」といわれる兵馬俑は、1974年に農夫が井戸掘りの作業中偶然発見された。秦の始皇帝(紀元前246~210)の陵墓より東へ1.5kmに位置し、約2200年前始皇帝を永遠に守るために副葬されたもの。 秦始皇(紀元前259年—前210年)は中国を統一した最初の封建皇帝であり、彼の陵墓は西安市臨潼区の東6キロメトールに位置する。 


 陕西歴史博物館

秦始皇帝陵・唐代の帝王陵にまつわるお墓からの出土品(兵馬俑・銅車馬に続く)や、前漢に始まる本格的な生活品の陶器など(唐三彩は一応は東都洛陽産)、展示品の質・量ともに中国国内有数の所蔵を誇る。唐代伝来の壁画の人物像・楽器・瑠璃・ガラス製品などの宮廷用品にシルクロードの終点を見ることも。大雁塔・小雁塔・碑林とならぶ西安市内観光のトップスポット。


大雁塔

652年に唐の高僧玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存するために、高宗に申し出て建立した塔。名前は、菩薩の化身として雁の群れから地上に落ちて死んだ1羽を、塔を建てて埋葬したことに由来する。高さは7層64mで現在は、西安市の東南郊外にある大慈恩寺の境内に建っている。


市街地風景



周辺地図


【概要】西安の東約120キロに位置し、中国五岳の一つに数えられる。中峰、南峰、西峯、東峰などの峰々が輪のように連なり、最高峰は南峰の2160メートル。西安からは高速鉄道で30分程度。鉄道華山駅からはバスで華山入口までバスで向かい、さらにバスを乗り継ぎロープウェイ乗り場へ向かう。ロープウェイに10分ほど乗れば山頂の一歩手前までたどり着く。


周辺地図

【概要】丹東市(たんとうし)は中華人民共和国遼寧省南部に位置する地級市。鴨緑江を隔てて北朝鮮と接する国境の街であり朝鮮族が20万人以上居住している。中朝貿易最大の物流拠点で、越境貨物の7割以上がここを通過すると言われている。


鳳凰山風景区

標高836メートルで、遼寧省の四大名山の一つ。入場料60元。


鴨緑江公園

中国東北部と北朝鮮との国境となっている川。白頭山に源を発し黄海に注ぐ。水の色が鴨の頭の色に似ていると言われたことからこの名前となった。


周辺地図

【概要】遼東半島の最南端に位置し、南に海を隔て山東半島を望む。日本をはじめ多くの外国企業が進出する経済先進地域であり、その繁栄ぶりから「北方の香港」と呼ばれる港湾都市。大連はもともと小さな漁村だったが、列強の侵略に伴い清朝政府は1898年ロシアとの間に旅順と大連を租借地とする条約を結ぶ。その後日露戦争を経て日本による直接統治が始まった。租借地としての長い歴史の影響を受け、西洋風な建設物が多い。また、潮風や湿度の高い 気候に合わせ赤レンガの建物も多く、街全体の雰囲気は日本の横浜に近い。


市街地風景


臨海エリア風景



経済開発区風景




周辺地図